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岐阜の美容院「BeautyTOMATO」の社長がなんでもない日々をつぶやきます。だれか聞いて・・・


by beauty-tomato

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親友ST君のこと 34

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シートベルト倉庫は
女性事務員2名
季節労働者のオジさん達が5~6名でやっていた
女性事務員は本社採用が1名 工場採用が1名で
工場採用の女性事務員は僕の監視役っぽかった

季節労働者のオジさん達は
夏場は伊勢の真珠養殖をやってる漁師さん達
冬場は岩手の出稼ぎの農業さん達であった
とてもイイ人ばかりで 
倉庫への搬入と納品の力仕事をやってくれていた

工場敷地内には寮や食堂があり
夜になると寮にいる 男女工員達が敷地内でたむろしていた
工場の従業員さんたちから見ると
僕達本社採用の人間は特別な人のように
見えるようであった

僕はいつも夜9時過ぎまで事務所にいたので
女子工員さんたちは興味があるようで
事務所の周りをうろうろしていた
たまに外へ出て工員さん達と話をして楽しんだ

その中に寮の女番長のJTがいた(タバコ屋ではない)
JTは リーダーシップのとれる
すらっとした賢い子であった
工場のみんなから一目置かれていた


さて
ト○タ自工 部品調達課 課長からの緊急電話

元町工場で新型2代目マークⅡの生産立ち上げであった
旧型マークⅡの生産終了でシートベルトの在庫を残さない
ように調整が終わって
新型用シートベルトの当面必要な在庫の確保に追われ
やっと一段落したところであった
もちろん ト○タカンバン納入方式であったが
欠品ストップという身の毛もよだつ情況を
回避するため 万全の在庫の確保は必要であった

欠品ストップとは 
部品納入業者がカンバンどうり納入すべき在庫を欠品し
自動車の生産ラインをストップさせた場合
莫大な損害賠償を業者に請求されるというペナルティー

新型マークⅡは従来黒だけであったシートベルトが
5色に増え まだどの色がたくさん出るか分からない
状態でのスタートであったため 各色の在庫の管理が
大変であった

そこで電話の内容は
シートベルトの車体への取付金具の不具合による
ドアへの干渉を防ぐための緊急変更と言うものだった
(つまりベルトの金具がドアに当って傷をつける)

それで生産ラインが止まっている
先方の課長も焦っていた 
こちらも思いもかけない不具合であわてた

では緊急変更箇所を教えてくれと言うことで
僕独断で緊急対策を始めた
シートベルト不具合箇所の変更に人手が要るので
まず工場長と総務部長に人を貸してくれとお願いした

不具合箇所は 取り付けボルトのワッシャや緩衝材を薄い
形状のものに取り替えることで解決することであった
それで材料を総務部長に探してもらい
誰にも分かるように大きな紙に 変更箇所を書いて
すぐ作業に取り掛かれるようにした
工場のラインはストップし工員さん達全員で
2~3万本あるベルトの変更作業をスタートした

その間に先方課長には午前中だけ時間をくれと依頼し
この不具合の原因はト○タ側の設計ミスによる
不具合であることを確認することに食い下がった 
なかなかそれを認めようとしなかったが
執拗に食い下がった

そして改修が出来たベルトを乗用車で工場のラインに
少量づつ横付けして納品して 
ラインストップを1時間で解消させた

そのことで課長も設計ミスであることを認めた

すべての作業を午前中で終了した
タカタの工場にも変更箇所の連絡をし
仕掛り品と在庫と対策部品が調達できるまでの
商品はこちらが引き取ることで担当者と合意した

工場長と総務部長と全員にお礼を言ってその場を収めた
その頃 やっと本社営業課長と連絡が取れた
それで 独断でやったことのすべてを報告した

つづく
# by beauty-tomato | 2010-02-25 11:41

親友ST君のこと 33

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学生時代 マージャンは上手い方だと思ってました
そんなに高いレートではないですが
賭けマージャンもやってました
社会人とやっても そんなに負けないし
かえってうまいねーなんて言われてました

ところがこの会社へ入って先輩達とマージャンやると
コテンパンにやられました
何回やっても 歯がたたず
給料を全部巻き上げられました

ある日マージャンが終ってKIさんが
お前 大学ではうまいと思っていたんだろう
なんでこんなに負けるかわかランだろうと言われ
うなずくと

あのなー と言うことで 解説が始まった
まずパイ一緒に積もうと言って
2人でパイを積み上げ
サイコロ振ってマージャンをやるように配パイをした
そして驚いた
配パイしただけで 牌がそろっていて リーチの状態である

こんなヤツらとマージャンやってるんだぞ・・・っと
積み込みのワザを持っている!
こんなすごい人見たこと無い・・・

勝てるやつは 負けることも出来る
商社の営業マンとしてはこれは必要なワザだ
覚えとけよ っと言われた
なぜ必要なのかは また後日


さて
シート1台分のレザーの必要量を割り出し
生産台数に対応したレザーの支給量と
レザーの発注予想を外注課で出せるようにした

従来 工場の総務課で慣習で出していた
レザー発注は 変化するわけであったが
変化しなかった・・・ が

後日
僕の知らないところで 
本社と工場で話がついたようで
突然 発注と支給は正常化した

それ以来 僕に対する工場長と総務部長の
態度が一変し非情に冷たい関係になった

僕はいつでもこんなところ辞めてやる~
といった態度で自然に振舞っていた
設計室の先輩や僕のTY大学2年先輩のKHさんが
心配してくれていた

KHさんは父方の親戚で やっぱり大臣のWE氏の
紹介で入社していた(Kは僕と同姓であった)
(後日譚であるが 
 先日年金の調査でこの会社の年金の
 ことを調べるため ホームページを開いたら
 ビックリ このKH先輩が社長であった
 会社概要を開いたら社長の写真に見覚え
 あっツツツ・・・・ これはひ○○ちゃん・・・ダ)
KH先輩は 大臣のWE氏にこの会社を紹介されて
入社したという っと言うことは
丸紅でも日商岩井でも入れてやる
と言ったのは ホラだったのか・・・

ということで冷たい逆風の中
3ヶ月目にはシートベルト倉庫の管理へまわされた
当時3点式シートベルトが乗用車に標準装備になった時期である
それまでアクセサリー扱いであったシートベルトが
大量生産されるようになり 取り扱い量が飛躍的に増えていた
当時トップメーカーが タカタであった
他に数社あったが
僕の会社が扱ったのが タカタである
タカタは全メーカーへシートベルトを納入していた
トヨタはそういう会社を嫌っていたので
トヨタへ納入実績のあるうちの会社を通して納入していた

トヨタ本体とは 部品調達課が窓口で
そこの課長は ○阪大学工学部卒のやり手課長であった
たまに工場へ顔を出し 
顔を出す時は営業課長か先輩のKIさんが出迎え
いろいろ世間話をして帰っていった
帰りには 工場の直営ガソリンスタンドで
タダでガソリンを入れて帰っていった
嫌な感じであった・・・

ある日 その課長から緊急連絡があった
ちょうどその日は 課長以下営業全員
東京へ出張して留守であった

つづく
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# by beauty-tomato | 2010-02-25 11:29

親友ST君のこと 32

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大学を卒業し サラリーマン生活にはいる
父は 息子に大学を卒業させてホワイトカラー族に
することが夢だったので
兄とともに父の夢をかなえた事になる

会社は名古屋駅前の大名古屋ビルチ"ング6Fにあった
(なぜかビルチ"ングであった)
丸○株式会社 商社である(丸紅の子会社で丸紅ではない)

繊維課 燃料課 車両課があった
名古屋地方は繊維関係企業が多く
それを扱う商社として発足し燃料の卸と
それらに関連して自動車関係へと販路を広げていた
当時 高度経済成長の真っ只中で 活気があった
繊維関係はガチャマンと言われ景気がヨカッタ

僕は 車両課に配属された
車両課は ト○タ自動車関係他全メーカーと
シートベルトや車のシートの取引をしていた

豊田市にランドクルーザー系のシートを造る
工場があり そちらの寮に入った
本社の車両課の営業のメンバーは
有名どころの私立大学の出身者が多かった
東京六大学系の私立大学や
名古屋ではN山大学出身者などが多かった

営業の直属の上司はN山大学出身のKIさんであった
工場では外注課に配属され 
上司はM治大学卒のHさんであった

工場はランドクルーザー系FJ40FJ60
のシート造る荒○車体の下請工場であった

九州などから集団就職で来ている女性職工さん達が
いるため立派な寮があった
食堂もあり そこで食事をとった

寮には年頃の女性が多く
数日経ったら工場の近くのアパートへ移った

少し勤めて見ると
工場と本社の営業とでビミョーな違いを感じた
外注課は営業直属で 工場の事務系と独立しており
工場長や工場の総務課とは対立していた

僕の外注課での最初の仕事は
下請けに現物支給するシート用レザーの量が 
生産量に比べ支給量が多すぎることの解決だった
これを上司のHさんから内密に指示された
Hさんは本社から工場へ配属された社員であるが
Hさんの周囲は工場の職員で固められ
身動きが取れない状態だった

それで内密にシートの生産量と原材料の必要量を
割り出すことであった
(工場には意図的にそれをうやむやにする慣行があった)
それで 配属早々 Hさんから指示をうけ
何も知らない僕がそれを担当した

まず工場の設計部の先輩達と仲良くなり
シートの設計図を見せてもらい
シート一台当りのレザーの必要量を割り出した
それを調べる過程で 工場長や総務課から妨害が
入りだした

つづく
# by beauty-tomato | 2010-02-25 11:27

親友ST君のこと 31

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4年生の秋を過ぎ
ほとんどの学生は進路が決まっていた

TY大学の友人達は・・・

御曹司NM君は自分の親の会社に就職

開業医の倅YM君はとりあえずイギリスへ
(留学ではなく見聞を広めに行くということであった 
彼は帰国後 麻布で日本で最初のマニアックな雑貨商
スポーツトレインを創業 雑誌などで取り上げられ
その道で知られた人物となり
巨匠 黒澤明監督に気に入られ
黒澤作品多数に出演する俳優となった
このイギリス遊学は無駄ではなかったようだ)

他に剣道部NH君は一部上場有名企業に就職が決まった

一方 ST君も道路公団関係の地味な会社に就職が決まっていた

決まっていないのは僕だけだった

当時 母方の親戚に国会議員がおり 
(岐阜県選出 衆議院議員 WE氏であった)
父はその後援会で親戚と言う立場で応援していた
WE氏はその時期 建設大臣をやっていた
それで 僕の就職をその大臣に頼むことになり
父と国会近くの議員会館に大臣を訪ねた

大臣に面会し WE氏は気さくに
「どんな会社へ就職したいんだね?」
「土建屋(ゼネコン)か商社ならあるけど
春に来れば 丸紅でも日商岩井でも
入れてやれたけどな
この時期だと 岐阜にある大○本土木(先日倒産)か
丸紅の子会社の丸○という商社なら話をしてあげるよ」
と言うことで 丸○という商社を紹介してもらって
面接を受け 就職が内定した

結局サラリーマンの道を歩むことに決まった

その後 僕もST君も早い段階でその会社は
辞めることになる・・・

つづく

思ったより長く続いています
毎日 思いつくまま綴っていますが話がつきません
まだまだ感動の結末にはたどり着けませんが
今しばらくお付き合いください

皆さん 応援のコメント よろしくお願します
読まれた方は 一言でもよろしく

初めて読まれる方は 遡って読まれることをお勧めします

この話は事実に基づいて書かれています
多少面白いほうへ脚色する場合がありますが…
# by beauty-tomato | 2010-02-24 08:50

親友ST君のこと 30

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学校でゼミの専攻は労働法でした
このゼミは高校のホームルームのようなもので
学校が決めてきたものでした
授業もホームルームみたいに
アットホームで同級生の集まりっぽかった

そのゼミの先生が 全共闘支持派であったため
機動隊導入後 学校開放とともに辞めさせられて 
新しいゼミに変更になりました
(まじめで若いイイ教官でした)

新しいゼミは契約法で 
中年で温和な教官に替わりました
(これも学校から指定されました)

その先生からは 契約法と手形小切手法を習いました
(僕は刑法は取らず 主に民法を履修していました)
手形関係の知識や手形にまつわる犯罪についての
知識はそこで学んでいました


手形・・・・・
話は戻るが

印刷機や日経タイプライター等を納品し
その決済は手形で行われた

悪い予感・・・

そして数日後

その納品先の企業はつぶれた
つぶれたというより 夜逃げっぽかった
ある日その会社がもぬけの殻になった

明らかに計画倒産
いや 取り込み詐欺であった

取り込み詐欺とは
最初からだますつもりで
仕事を大きくしたい人間等に近づき
大量の発注をにおわせ
信用させるため 小口の発注を何度か行い
そのつどキチンと支払いをする
 
そして大量の機材を発注 納品させ 
その機材を売り払って換金し
逃げる
卑劣でけっこう大掛かりな犯罪である

それに引っ掛かった
恐ろしいものである
社長から
「これで 僕も終わりだ! 僕は身を隠すので 
もうこの事務所へは顔を出さないように
僕にはかかわらないほうが君のためだから」
と言うことで
社長とは再起を誓って 別れた

つづく

後日譚であるが
数年前 神田神保町へ用事で行った折
久しぶりにその界隈を歩いて
自然にその事務所のあった場所へ足が向いた

その事務所のあったビルには
○○印刷所と書いてあった
○○は彼の社長の姓である
中をのぞくと 
その社長が印刷機を動かしていた・・・

なぜか 声をかけることは出来なかったが
健在で仕事をしている姿を見てうれしかった・・・
# by beauty-tomato | 2010-02-24 08:48